::山本左近 Sakon Yamamoto

本日(7/26)山本左近選手のスパイカー移籍がリリースされたそうです。
(リリース、ワタクシまだ未確認。。。)

次戦ハンガリーGPから今季最終戦までの契約だそうです。

昨年も夏頃、スーパーアグリF1チームにシーズン途中から起用されましたね。

今季はスーパーアグリのセカンド・テスト・ドライバー(つまり4番目)
という微妙な契約で、主戦場はGP2.

しかし、GP2ではシート探しを始めたのが遅れたせいか
戦闘力の低いチームと契約。
これまで、あまり良い成績を残せていませんでした。

スパイカーがイギリスGP後、アルバース選手を解雇、
(持込みスポンサーの問題、と言われています)
空いたシートの候補には、カーティケアンやクリエンなどの
名前は挙がっていましたが、結局左近選手がゲットしました。

今後のために目立った走りを見せる必要がありますが、
チームメイトのエイドリアン・スーティルがなかなか手強い。
エイドリアンは昨年全日本F3のチャンピオン獲得で今年F1デビュー。
ルーキーながらとても評価が高いです。
まず、左近はエイドリアンにひけを取らない走りを見せなければいけません。

とりあえず、次戦ハンガリーから日本人ドライバーが二人出場します。


Super Aguri SA06 山本左近 Sakon Yamamoto 2006
06Sakon

::9月のイラスト展~

9月のイラスト展開催、決定しました~。

点数など詳細は未定。
F1を中心にSuper GTなど。。。

開催期間 9/4~9/17(若干変更の可能性アリ)

場所 アムラックス(東京、池袋)

主催側から作品のリクエストがありましたが、
それはとりあえず内緒~。。。

詳しくは8月中旬にお知らせします。

今年はTOYOTAモータースポーツ50周年なんだそうですよ~。



このイラストはイラスト展と関係ないです。
まん中が01年のTOYOTA F1 ミカ・サロ~ Mika Salo 懐かし~。
サロとか


ご声援の拍手をいただければ幸いです。

::日本代表VSオーストラリア戦

昨年W杯で逆転負けという悔しい思いをさせられたオーストラリア戦。
ぜひ雪辱を晴らしてほしいと、見てるほうも気合いが入ります。

疲れるゲームでした~。

負けないで良かった~。

ベトナムの高温多湿の中、早いうちからオーストラリアはバテてきた感じだったので
シメシメ、早く先制点を、と思っていると、
後半もだいぶたってからセットプレーで、ななんと失点。。。

こりゃ~ダメだ、まだ時間は残ってるけど、
体格で優るオーストラリアが先守防衛になってしまうと、
コジ開けるのは至難の技。。。
押してる試合だったのに~、とがっかりしていると、
高原が技術と気迫で同点ゴールを叩き込んでくれました。
素晴らしい~。

その後、相手はレッドカードで一人少なくなったので
増々勝ち越しのチャンス到来なのだけど、
ほぼ一方的にゲームを支配しているものの、
点が入らない。。。
オーストラリアは完全に守りを固めて、前には出てこない。。。

ついに延長戦。
押しているものの相変わらず点が入らない。。。
相手はプレミアリーグで活躍している選手もいて時間の使い方が上手い。
日本は押しているはずなのに、相手のペースに支配されてる感じ。
なんか、緩急をつくるとかリズムを変えるとか工夫できないの!って
イライラ、フラストレーションが溜まるのだけど、
夏のベトナムの高温多湿の中ですでに100分以上プレーしている選手たち。
工夫もなにも、思考能力そのものがなくなりそう。

そしてPK戦。
PK戦はある意味、キーパーの見せ場です。
ゲーム中にキーパーが活躍するのは劣勢を意味しますので
決して嬉しい状況ではありませんが、PK戦は異なります。
ガンガン活躍してもらって構いません。

で、川口能活。
いきなり2本、止めてくれました~。
川口って特に攻撃的なタイプのキーパーですよね。
見せ場でちゃんと見せてくれました。

押していたゲームだけに、勝って良かった。。。

延長戦が始まる頃からF1の予選も始まってしまって、
どっちも見なきゃで、たいへんな状況に。
ハミルトンがマシントラブルでクラッシュしちゃったけど、
大丈夫なのかな?
決勝は出場できるのでしょうか。。。


2006年 中村俊輔 Syunsuke Nakamura 川口能活 Yoshikatsu Kawaguchi
06中村川口

::どフェランさん辞任

ホンダF1チームのスポーティング・ディレクター、ジル・ドフェランさんが職を辞しましたね。

正直、ジルはチームでいったい何をしていたのか、そもそもスポーティング・ディレクターとはどのような仕事をするのか、ワタクシはよく知りません。

一説によると、テクニカル・ディレクターのジェフ・ウィリスの仕事を軽減するため、レースの作戦面やドライバーのケアを担当してたとか。。。BARの親会社BATが南米のマーケティング強化のために送り込んだとか。。。CARTつながりで和田さんが連れてきたとか、いろいろ言われていますが。。。
現在はジェフ・ウィリスもBATもチームにはいませんし。。。

まぁ、ワタクシ的にはそんなことはどうでも良く、自分が特に90年代半ばからINDY CARTシリーズにかなり入れ込んでいたので、2000年、2001年、2年連続CART王者を獲得したドフェランは注目すべき重要なドライバーだったのです。応援してましたよ~。

そのころから落語家の林家彦いち師匠と似てるなぁと思いつつ、そんなの誰に言っても理解してもらえないので(僕の周りにドフェランと彦いちさん、両方知ってる人なんていない!)密かに思っていたのでした。ニヤリ。
彦いちドフェラン


ジルはパリ生まれのブラジリアン。主に欧州でキャリアを積んだドライバーで、92年にはイギリスF3チャンピオン獲得。93年からは国際F3000に参戦、94年には2勝をあげシリーズ3位となってます。おそらくF1を目指していたのだと思いますが、チャンスに恵まれず、北米に流れたのでしょう。

95年にINDY CARTシリーズにデビュー、ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得。
2000年、2001年とチーム・ペンスキーで2年連続CARTチャンピオン獲得。
2002年、チーム・ペンスキーのIRL移行に伴い、CARTシリーズからIRLに移籍。
2003年、INDY 500制覇。

というわけで、北米ではトップ中のトップドライバーだったのです。
今後レースの世界で仕事をするのかは知りませんが、お疲れさまでした~。

ジル・ドフェラン Gil de Ferran(2000年)
ドフェラン

2000年~2001年、CARTシリーズのドライバーの似顔絵をせっせと描いていました。
Honda系のドライバーのイラストは、当時アメリカHPDの副社長をされていた朝香さんからドライバー本人に贈られました。このイラストもたぶんその1枚だと思うので、たぶん原画はジルが持っていてくれてると思います。

クルサードと仲良しなんですよね。四角い仲なのかな。。。




::オシム監督

昨夜のアジアカップ、グループリーグ、ベトナム戦、快勝でしたね~。
サッカーの話ですよ~。

流れの中での素早いパス回しからの得点、
オシム監督が日本代表に就任当初言っていた、
「日本人に合ったサッカー」
だんだん具現化してきたのかな、って感じる得点シーンでした。

素早いパス回しでボールを走らせて、相手を走らせろ。
高温多湿な中、アウェーでのゲームなのだから、
じつに利にかなった戦略ですよね。
アジアではともかく、世界では体格、パワーで劣る日本代表、
素早く正確なパス回しこそ、日本代表の磨くべきところ、
激しく同感な感じです。
(賛成~賛成~、肯定ペンギン。。。)


オシム01

イビチャ・オシム Ivica Osim (イラストは04年ジェフ市原監督時代)


僕はじつはゴン中山の大ファンなのがきっかけで
Jリーグが始まった頃からのジュビロ磐田のファン。
国立、味の素、埼玉など東京近辺の試合だけでなく、
磐田のスタジアムにも何回か観戦に行ってます。
あそこ、結構見やすいスタジアムなんですよ。
(最近は行ってないなぁ~)

で、イビチャ・オシム監督のことは
彼がジェフ市原(現ジェフ千葉)の監督になった03年から
気になる存在でした。
まず、オシムが監督になってから明らかに選手の顔ぶれで見劣りする市原に
我がジュビロ磐田は苦戦するようになった。
04年には磐田にとって苦手チームであるばかりか、
劣ってると思われる戦力でリーグの優勝争いに残るようになった。
05年、磐田は市原の主力選手を2名獲得、それでも勝てない。。。
(苦手な相手チームの主力を引き抜いたみたいで、ちょっと寂しかったです。。。)
そして、それでも千葉は05年ナビスコカップ優勝。

試合後のオシム監督の記者会見での発言は、
時には、哲学的であり、禅問答のようでもあり、
記者を煙に巻くようであったり。。。

日本代表監督のジーコの後任は
年齢が高いのが心配だったけど(プレッシャーのかかる代表監督だから)
オシムがベストかもって思ってました。
だから後任候補にオシムの名前が挙がった時、
やっぱり~って思いました。

もし彼の母国ユーゴの政情が不安定でなければ
ジェフや日本代表とは縁がなかったかもしれませんね。



::スパ、DCミッション

さきほど、1通の携帯写メールが届きました。

「ミッション成功」と書いてあります。

ベルギーのスパ・フランコルシャンで行われている
F1の合同テストを観に行っている友人からでした。

サイン入りDC


日本からイギリスGPとスパ合同テストを観に行く友人うりぼうさんに
イギリス在住の友人Bakuさんへのお土産を託したのですが、
それと一緒に例のペヤング先生のイラスト・プリントも託したのでした。

もしデビット・クルサードに遭遇できたら
1枚をクルサードにプレゼント、
もう1枚に受領のサイン(笑)を貰ってきてくれ、
というミッション。

残念ながらイギリスGPではクルサードと遭遇することはできなかったそうですが、
スパの合同テストではパドックで遭遇できたそうだ。

ペヤング先生は受取った時、いったいどんなリアクションだったのか?
外国人はたいがい喜んでくれるのですが、ペヤング先生の絵が絵なだけに。。。
うりぼうさんの帰国レポが待たれます。

ペヤング先生ことデビット・クルサード David Coulthard (RED BULL RACING)
07ペヤング


そういえば、先日、レッドブル・レーシングより
ペヤング先生の1年契約延長がアナウンスされました。
来年も先生のまろやかな走りが見れるわけやね。

めでたしと思う方はどうぞ拍手をクリック、お願いします。

::イギリスGPとか

7/8、F1イギリスGPが行われましたね。

前戦フランスGPに続いてライコネンの2連勝。
フランスGPでのキミ・ライコネンは
同僚フェリペ・マッサが周回遅れの処理にもたついた、
というのに助けられての勝利、というのもあり、
速さでマッサを凌いだ、という感じではなかったですよね。

でも、今回イギリスでは圧倒的速さを見せつけての勝利、
ようやくライコネン復活、という感じでしょうか。

キミは開幕前のテストからフェリペに遅れをとっていたのですが、
ようやくフェラーリというチームに慣れたのか、
ブリヂストン・タイヤの使い方を会得したのか、
詳しいことは判りませんが、
本来の速さを取り戻した、と言って良いように思いますなぁ。

一昨年、昨年、アロンソが2年連続ミハエル・シューマッハに勝って
ワールド・チャンピオンを獲得しましたが、
個人的には今、世界で一番速いF1ドライバーはアロンソではなくライコネン、
ではないかと思っていました。確たる根拠はないですけどね。。。

なので、今季が始まる前の自分の予想は
フェラーリのライコネンが大本命!だったのですが、
F1はわからない世界、たいがい自分の予想外の展開になるものなのです。
といった意味で、これまでのキミの不振も想定内、といえます。
あ~、やっぱり予想通りじゃないな、と。

とりあえず、北米まではマクラーレンに押されぎみだったフェラーリが
速さを取り戻してきたので、2チーム4人の混戦状態も深まり、
チャンピオンシップ的には面白くなってきましたね。

今回、脅威の新人ハミルトンの決勝レースはダメでしたね。
ダメでも3位表彰台は手堅くゲット。スゲ~。
連続表彰台記録更新中。スゲ~。
この抜群の安定感はとにかくスゴイ。

スーパーアグリはビックチーム、トップチームに比べ
夏を迎え、相対的にはだんだん厳しくなりつつありますね。
ハンガリーGPあたりで一発かましてほしいな、と。
期待しております。

今年も早いもので、もう7月。
日本GPまであと2ヶ月とちょっとです。



ところで新作です。
自分としては珍しく、小さいサイズの絵を描きました。

07F1_01

::The Who、ジョン・エントウィッスル追悼ライブ

じつはワタクシ、The Whoというイギリスのロックバンドが大好きであります。

The Whoは60年代後半~70年代にかけて活躍、
知性と創造と破壊が同居し、圧倒的なライブ・パフォーマンスを発揮したロックバンド。
60年代末には世界初のロックオペラ「Tommy」という組曲によるアルバムを発表。
元祖「楽器壊し」でもあります。

欧米ではBeatles、Rolling Stonesと並び称される大物と評価され、
多くのロックミュージシャンに多大なる影響を与えたアーチストですが、
何故か日本では人気も評価も不当に低かったりします。
「何故か」を解説すると長くなるのでやめておきますが、
簡単に言ってしまえば日本人ウケしないバンドってことなのでしょう。

1978年に、数多くの奇行で世間を騒がせた不世出の天才ドラマー
キース・ムーン Keith Moonが死亡。
別のドラマーを加入させ活動続行するも1982年に解散。

その後、フェスティバル等で何度か再結成ライブを行い、

90年代末にリンゴ・スターの息子のザック・スターキー
(幼少の頃、キース・ムーンから直接ドラムの手ほどきを受けたという)
がサポートメンバーで加わったことにより俄然再結成ライブが活発化したのだが、
2002年6月27日に天才ベーシスト、
ジョン・エントウィッスル John Entwistleが急死。

キースのドラムも唯一無比だったが、
ジョンのベース奏法もかつてないスタイルで、
直接的、または間接的に多くのベーシストに影響を与えた。
彼がロックにおけるベースという楽器の役割を変えたことは間違いない。

現在はオリジナルメンバーのピート・タウンジェント Pete Townshend と
ロジャー・ダルトリー Roger Daltrey の二人に加えて、
ドラムにザックとベースは世界的セッションミュージシャンのピノがサポートして
ライブ活動を続けている。
でも、正直なところThe Whoとしてはもの足らないベース、と僕は感じています。

僕のベースはジョンにはそれほど似てないし、ピノよりはるかに下手だけど
The Whoのライブにはかなり合っていると思ってるので
万一、The Whoがベーシストのオーデションが行うのなら
ただちに絵筆を置いてロンドンまで駆けつけようと思ってます。
(結構マジ)

さて、先週6/27、高円寺のライブハウスにThe Whoフリークが集まり
ジョン・エントウィッスル追悼ライブが行われました。

ワタクシにも出演依頼がありましたので、スティック君とセットで、
(喝!タルイバンドのベース&ドラム、コンビです)
参加してきました。

で会場で販売してみたイラスト・ポストカードが以下。
4枚組みセット、¥500で、完売しました~。
2002年にThe Whoの特集本のために描いたイラストです。

ピート-ロジャー

ジョン-キース


なかなかいいでしょ。

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