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::どフェランさん辞任

ホンダF1チームのスポーティング・ディレクター、ジル・ドフェランさんが職を辞しましたね。

正直、ジルはチームでいったい何をしていたのか、そもそもスポーティング・ディレクターとはどのような仕事をするのか、ワタクシはよく知りません。

一説によると、テクニカル・ディレクターのジェフ・ウィリスの仕事を軽減するため、レースの作戦面やドライバーのケアを担当してたとか。。。BARの親会社BATが南米のマーケティング強化のために送り込んだとか。。。CARTつながりで和田さんが連れてきたとか、いろいろ言われていますが。。。
現在はジェフ・ウィリスもBATもチームにはいませんし。。。

まぁ、ワタクシ的にはそんなことはどうでも良く、自分が特に90年代半ばからINDY CARTシリーズにかなり入れ込んでいたので、2000年、2001年、2年連続CART王者を獲得したドフェランは注目すべき重要なドライバーだったのです。応援してましたよ~。

そのころから落語家の林家彦いち師匠と似てるなぁと思いつつ、そんなの誰に言っても理解してもらえないので(僕の周りにドフェランと彦いちさん、両方知ってる人なんていない!)密かに思っていたのでした。ニヤリ。
彦いちドフェラン


ジルはパリ生まれのブラジリアン。主に欧州でキャリアを積んだドライバーで、92年にはイギリスF3チャンピオン獲得。93年からは国際F3000に参戦、94年には2勝をあげシリーズ3位となってます。おそらくF1を目指していたのだと思いますが、チャンスに恵まれず、北米に流れたのでしょう。

95年にINDY CARTシリーズにデビュー、ルーキー・オブ・ザ・イヤー獲得。
2000年、2001年とチーム・ペンスキーで2年連続CARTチャンピオン獲得。
2002年、チーム・ペンスキーのIRL移行に伴い、CARTシリーズからIRLに移籍。
2003年、INDY 500制覇。

というわけで、北米ではトップ中のトップドライバーだったのです。
今後レースの世界で仕事をするのかは知りませんが、お疲れさまでした~。

ジル・ドフェラン Gil de Ferran(2000年)
ドフェラン

2000年~2001年、CARTシリーズのドライバーの似顔絵をせっせと描いていました。
Honda系のドライバーのイラストは、当時アメリカHPDの副社長をされていた朝香さんからドライバー本人に贈られました。このイラストもたぶんその1枚だと思うので、たぶん原画はジルが持っていてくれてると思います。

クルサードと仲良しなんですよね。四角い仲なのかな。。。




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