::挑戦者「片山右京」その2

日本の大多数のF1ファンにとって、目下最大の関心事は
今季のSuper Aguri F1 Teamはどうなるのか?
佐藤琢磨は無事レースに出られるのか?
正式な発表も正確な情報も何もなく、
ただただ憶測情報だけで不安で落ち着かない日々をおくっている今日この頃
ではあるが。。。
挑戦者「片山右京」の続きである。

ずいぶん時間が経ってしまって、記憶も怪しい。
取材するために行ったのではないので、録音、メモ等はないです。
なので、細かい発言のニュアンスとかは、
あくまで僕の怪しげな記憶によるものであることを
あらかじめご了承願います。


というわけで、元純粋なF1ファン至福な時間は
あっと言う間に過ぎていった。

元F1ドライバー片山右京氏、
テレビや雑誌を通して感じる以上に情熱的な挑戦者だ。
話を聞いていて率直に「スゴイ」というか、
やっぱ考え方が普通じゃないなぁと思った。
その1で書いたが「資金ゼロから始めたので増える一方!」とか。。。


「パリダカが中止になったのは残念だった。
でも、走れなかったことは全体からみたらたいしたことではないんです。
山に登って吹かれて全滅したのとは違うから。」

右京氏のパリダカ参戦は順位を競うのではなく、
てんぷら油で過酷なパリダカを走りきってみせるのが目的。
このプロジェクトの全貌を詳しく伺ってはいないのだが、
パリダカ出場はあくまでその一部分であって
全てではないようだ。

「でも、クルマ1台走らせるのに1億というお金は動く。
だからあっちこっちで頭を下げ、書類をたくさん書いたです。」


クルマを愛するものにとって避けて通れないのが
エネルギー問題と環境問題。
クルマにとっての死活問題だ。
多くの自動車メーカーもハイブリット、燃料電池車、電気自動車の
開発を進めている。
北米オープンホイールレースIRL INDY CARシリーズでは
昨年からトウモロコシからできるアルコール燃料を導入したくらいだ。
しかも、あやうく酒税を課けられそうになった、というオマケ付き。

てんぷら油で過酷なラリーに挑戦する意義は大きい。

右京氏が手掛けるプロジェクトや挑戦は
詳しいことは分らないけど、
親のいない子供たちにのためになったり、
障害や病気の子供たちのために役立つんだそうだ。
そうした人たちからの感謝の気持ちが
片山右京の挑戦へのモチベーションになってる。


「タルイさん、生意気なこと言うようだけど、
自分の稼ぎのためだけに描いているうちは、
たぶんまだホンモノじゃないんだと思いますよ。」

ガァァァン。。。


「交渉事を任せられるマネージャーや
今、こんな作品作ったらいいんじゃないかって
相談できるプロデューサーがいたら
タルイさん状況は劇的に変わりますよ!」

「そうかもしれませんね、
もう少しがんばってやってたら、
そういう人と出会えると思ってます」

「いや、今から自分で育てる! んですよ。」

こういう相談をしに行ったんじゃないんですけど~(笑)
ちょっと会って話をしただけで、
右京氏の目には僕に足りないものとか、まだホンモノではないとか、
見えてしまうんでしょうね。
きっと世界の頂点まで行ってきた人には
普通の人とは違ったものがいろいろ見えるのだろう。


さて、その1に壊れたブレーキローターの写真をアップしてあるが、
それについての話もちょっと。。。

「あの時はだめかと思いましたよ(笑)」
ってつい言ってしまったら

「いやぁ、自分も死んだって思ったもん(笑)」


話の最後に、片山右京がF1で最も活躍した
1994年の白いティレルの絵を描くことを約束した。

「あの時はポイントたくさん獲ったですよね!」
「たくさんは獲ってないですよ、たくさんリタイヤした」

「ドイツじゃトップグループ走ったし、
イタリアではハッキネンを2度も抜いたですよね!」
「その直後にリタイヤしたけどね」

でも、あの年の片山右京があわや勝つんじゃなかろうか
というくらい鮮烈に速かったことは
世界のF1ファンが覚えているのだ。

タルイ工房

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コメント

::
…………………世界の片山右京。
   
脱帽です。
僕も語り明かしたいですわ。

コメント

::
かむな猫さん
小1時間ですから~、語り明かすってほどじゃないですが、
でも刺激的な時間でした。

1994年の右京はホント速かった~~。
興奮して寝れなかったです。

コメント

::
い~な~、タルイさん!
F1は随分前から見ていたけど、「日本とF1」を考え始めたのは、右京さんが出てきてからだと思います。
022に乗っていた右京さん格好良かった!!
94年は右京さんの活躍やタンブレロの悲劇があり、今も思い出深い1年です....

是非、是非、022の右京さん、描いてください!!

コメント

::
上野のパンダさん
そうですね~、「日本とF1」というのを意識しはじめたのは
片山右京さんが活躍した時からかもしれません。
亜久里さんがフットワークに移籍した時、
マシンが白赤で、チームがフットワーク
エンジンが無限ホンダってことで
オールジャパンって感じもしましたね。

ホント、94年は思い出深い年ですね。
この年の途中からF1グランプリ特集での
イラストの連載仕事が始まった、
記念の年でもあります。

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