::アイルトン・セナとネルソン・ピケ

鈴鹿でのブラジル・イベントは現在中休み中~。
再開は今週末7/19(土)~21(月祝)

ブラジル・イベントに出品中の作品をちょっとご紹介。

1987年とは。。。
フジテレビがF1グランプリの全戦中継を開始。
鈴鹿サーキットが初めてF1日本グランプリを開催(2006年まで連続20年続く)
日本人初のF1フルタイム・ドライバー中嶋悟氏デビュー。

この日本のF1元年ともいえる記念すべき87年のワールドチャンピオンを獲得したのが、
ブラジリアンのネルソン・ピケ(Nelson Piquet)通算3度目。
今年ルノーで走ってるネルシーニョ、ピケJr.のお父さんである。
マシンは最強ホンダターボエンジン搭載、Williams Honda FW11B

ウィリアムズ・ホンダ_FW11B_ネルソン・ピケ
ピケのチームメイトはイギリス人のナイジェル・マンセル。
1987年はこの2人のデットヒートによるタイトル争い、マンセル6勝、ピケ3勝。
勢いはマンセルにあったが、優勝かリタイアかのマンセルに対して
ピケは手堅くポイントを重ねた。
日本GPの鈴鹿、予選のS字でマンセルがクラッシュして負傷。
ついに長きタイトル争いに決着がついた。

マンセルの欠場した鈴鹿初開催の日本GP決勝レースは
地元である鈴鹿サーキット初開催での優勝を目論むホンダ勢を差し置いて、
フェラーリのゲルハルト・ベルガーが優勝をさらった。

王者ピケはというと、同じホンダエンジン搭載、ブラジル人の後輩、
ロータスのアイルトン・セナに前へ出られてしまって、
セナの神業ブロックにしっかり抑えられてる間に
ベルガーにどんどん逃げられてしまった、といった感じ。
ホンダ関係者は「アイルトン、空気読んでネルソンを先行かせてやってくれよ~」
って思ったかもしれないが。。。

ホンダの地元鈴鹿での優勝は翌年、そのアイルトン・セナによって達成される。

マクラーレン・ホンダ_MP4/4_アイルトン・セナ

1988年はマクラーレン・ホンダの年。
この年のマクラーレンは、アイルトン・セナとアラン・プロストというスーパースターを擁し、
マシンはホンダターボエンジン搭載の McLaren Honda MP4/4
セナとプロスト2人合わせて16戦15勝という偉業を達成した。

ちなみに唯一落とした1レースは、フェラーリの地元モンツアでのイタリアGP。
トップ独走中のセナが周回遅れと接触するといったまさかのアクシデントでリタイア。
地元フェラーリのベルガーとアルボレートがワンツー・フィニッシュを決めた。
モンツア現地は地鳴りのような大興奮だったそうだ。
ここぞでベルガーは印象的な仕事をするよねぇ。

アイルトン・セナはこのMcLaren Honda MP4/4を駆り、
鈴鹿の日本GPはスタートで失敗したものの、
あとは鬼神のような追い上げ、オーバーテイクの連続で見事優勝、
自身の初タイトルを決めたのだった。

タルイ工房

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